子育てもしたい。仕事も結果残したい。夫とはラブラブでいたい。 それってワガママすぎますか?
たそがれにゃんこです。
今の時代、専業主婦になる事自体が高嶺の花のように言われていますね。なので せっかく手に入れた専業主婦の座を返上して、仕事に戻りたいなんて贅沢が過ぎる・・なんて声も聞こえてきそう。
また、専業主婦でいたいけど、生活のためずっと働かなくては暮らしては いけない・・というパターンもあるでしょう。
あるいは、結婚も子育てもいらないの。わたしには他にやりたいことがあるから・・って生き方も全然アリですよね。
それでも出産後の数年間は、子育てに専念してその後いつかは仕事に復帰し、 やりがいを感じられる生き方をしたいと望む方は、今も多いと思います。 いわゆる自己実現というやつですね。
あなたはどんなスタンスでしょう?
わたし自身は若くして結婚し、2人の子供に次々とめぐまれ、15年の専業主婦生活を経て、子供英会話講師として社会復帰しました。自分自身の子育てが終わった 今もなお、レッスンを通して生徒さんたちの成長にわずかでも関われることに やりがいを感じています。また子育て真っ最中のお母さま方の悩みをシェアしたり、あるいは同僚の外国人講師と話す中で、彼らの母国・・わたしから見れば未知の世界、未知な価値観に触れられるのも、大きな喜びです。

わたしは今この場所でこうして生きているのは、すべて自分の選択の結果だと思っていて、そのことにとても満足しています。
というのも、もともと わたしは幼いころは、自分の居場所が見つからず、 たえずここではないどこかへ逃げ出したいと、もがいているような子供でした。 それは後になって見えてきたことで、当時は ただただ自分に自信がなく、どこか陰気な子供だったと思います。
それはきっと両親のいびつな関係が、わたしに影をおとしていたのかもしれません。
わたしの父という人は、極端に人を愛することが苦手な人でした。戦前の貧しい農家に生まれ、ほとんど今でいう、ネグレクトのような形で育てられたので、まわりの人間と ごく基本的な人間関係を築くことすら難しい人でした。母はと言えば、幸い両親に愛されてはいましたが、やはり戦後の混乱の時代にあって、生活は厳しく、苦労の連続だったようです。
後になって母に
「どうしてお父さんと結婚したの?」とたずねたとき、母は答えました。
「特別、お父さんを好きだったわけではない。ただ生きていくために、さっさと嫁ぐ必要があった。兄嫁さんへの遠慮もあり、いつまでも実家にはいられなかった。それに自分で自分の値打ちはよくわかっていた。特別、美しいわけでも賢いわけでもなく、金持ちの娘でもない。贅沢は言えなかった」・・と。
それを聞いて、わたしは とてもとても、腹立たしかった。
だって、その態度は、父に対しても母自身に対しても、とても不誠実に思えたから。自分の責任において、何一つ選択していないから。自分の人生なのに。
けれど、その姿勢は父と母のその後の結婚生活のベースとなって続きました。
両親の愛情を受けずに育った父は、人を愛するすべを知らず、幼いころの愛情への飢餓感を埋めようとするかのように、妻であるわたしの母に甘えきって依存し、本当の意味で夫にも父親にもなろうとはしませんでした。母はそんな夫に不満を持ちつつ、家庭の中では、父親、母親両方の役割を背負って立ち、気丈に振る舞いながらも、心の底ではだれかに頼りたい。愛されたい。という気持ちを抱えていました。
父親はいるけれど、父性の無い家庭。母親もいるけれど、母親の役割を全うするには、他のものを背負い過ぎている母親。
そしてなにより問題なのは、父も母も自分で自分の人生のかじ取りをしない人たちでした。何か不幸が起こっても、それは境遇のせいで仕方がないとあきらめる。ある時点から先は考える事すら放棄する。その点では、二人は似たもの夫婦だったといえます。
本当に未熟な、人の親になってはいけないような二人が結婚し、わたしは生まれました。昭和30年代は成人すればだれもが疑いもなく結婚をする時代だったのでしょうか。今の時代なら結婚しない・・という選択もあったのに。
そんな家庭に育ち、わたし自身は思春期を過ぎるころから、結婚に対して不安しか持てませんでした。未熟な親に育てられた自分はやはり、未熟な親になるしかないと感じていたし、それくらいなら親にはなりたくないと思っていました。
それと同時にこの家庭から早く出ていきたいと考え始めました。どうにもこうにも、違和感しかなかったのです。生まれ育った家庭なのに。
自分の居場所は自分で決めたい。どこで生きるのか、だれと生きるのか、境遇や運命任せにはしたくない。・・そのころから強く思うようになりました。実質、大学進学を境にわたしは実家を離れました。
実家から離れた一人の時間。わたしは自分とたくさん向き合いました。
そうして、いつも幸せを選択しようと決めました。わたしはわたしを幸せにする責任があると決めました。
いま、人の親になる資格のない未熟な状態で私を産んだ両親に対して、愛情や不憫さ・・・いろんな気持ちが交錯していますが、いつも幸せを選択する私がここにあるのは、この家庭で育ったからこそと感謝しています。今ではむしろ、私は自分で未熟な親を選んで生まれてきたのではないか、とすら感じています。
どんな親も、子供には出来るだけのことをしてくれたんだと思えます。出来るだけの中身が、人それぞれ違うだけで。だから自分に対しても、人の親になることを許せるようになりました。こんなに未熟なわたしでも。
だから自分で自分に全部取ることを許しましょう。
女性としての幸せ
子育ての喜び
仕事の面白さ
まだまだ、やりたいことは見つかりそう。
ワガママでも欲張りでも構わない。あなたを幸せにする責任は、あなたにあるから。あなたにしかないから。
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