
英検2級を取得した後、母一人で2人の子供を連れて 1か月のニュージーランド滞在を実現するまでの準備編です。長年の専業主婦生活で知力も行動力も衰えていたわたしには、1か月の海外旅行すら、大変なイベントでした。
渡航の準備
1. 渡航費用・滞在費用、100万円を稼ぐ
母+7歳男児+5歳女児で、ニュージーランドに1か月滞在をするために、どれくらいのお金がかかるものか、見当もつかなかったのですが、漠然と100万円貯めようという意識がありました。かかる費用は、結局 滞在スタイル次第だと思ってましたので、100万円の範囲内でやりくりすればよいだけのこと。それなら100万円というキリのよい数字で目標設定したほうがヤル気が出るというものです。
タイミングよく下の娘も幼稚園に入園したので、その頃、自宅から車で10分ほどの距離にオープンした ショッピングモールのインテリア用品売り場で、パートを始めました。
当時の時給は700円にも満たない額で、しかも働けるのは平日の朝10時~午後2時までの4時間だけ。子供たちの幼稚園の送り迎えに障らない範囲での勤務だったので、100万円までの道のりは遥か彼方だったのですが、旅行のためにパートで働くことも、すでに
英検2級取って、ニュージーランドへ行くぞ!!
プロジェクトの一部だと感じていたので、お金を貯めること自体を楽しもうと思いました。目標があると働くことも節約することも楽しめます。結果的にプロジェクト開始から2年弱で当初の目標の100万円を用意しました。
2.現地情報を集める
当時(平成5年)、我が家にはまだネット環境がありませんでした。なので基本、紙媒体からの情報収集です。旅行雑誌やガイドブックを読みあさり、これは必要だと感じた記事は切り抜いて、B5版の手帳にスクラップのように貼り付けて、オリジナルの旅の手引き帳を作りました。巻末には、現地から絵葉書を出せるように、大切な人たちのアドレス帳のページも作りました。まだスマホが普及する前だったので、このアドレスページは本当に必要だったのです。また、この手帳は、そのまま現地でのお小遣い帳と日記帳としても使われました。
実際に2人の子供を連れて旅立ったのは、平成8年の12月。わたしたちが利用した関西国際空港はオープンからまだ3年めでした。幼い子供を連れて新しい空港での出国審査でうろたえないよう、旅雑誌から切り抜いた空港のフロアマップなどもこの手帳に貼り付けて準備しました。スマホが当たり前に使える今日では、考えられないですね。
南半球に位置するニュージーランドは、日本とは季節が逆。衣類などの荷物を減らせるよう、現地が初夏になる12月に出発と決めました。ツアーではなく、全行程、母も子供たちもバックパックを背負っての旅です。子供たちもそれぞれの体力に合わせて、背負えるだけの自分の荷物を運びました。
この情報収集の時点で、現地でやりたいことのイメージを膨らませていきました。具体的には、
- いろんな動物のいる農場でファームステイをする
- 熱気球に乗る
- ユースホステルから高級ホテルまで幅広い宿泊施設に泊まる
- 北島も南島も周遊する
- 子供たちを現地のお子さんと遊ばせる
などです。
3. 子供たちを教育(洗脳?)する
子供たちは、もともと外国に行きたいわけでも、ニュージーランドに興味があるわけでもありません。たまたま好奇心旺盛な母親のもとに生まれてきたのが運の尽き。母親の自己実現?とやらに無理やり付き合ってもらいました。
少しでも旅に興味を持ってもらえるよう、ことあるごとに、ニュージーの写真を見せたり、現地で体験できる乗馬や、そこでしか見られない動物のことなどを話して聞かせ、旅が楽しみになるよう促しました。
また、海外に出たら日本とは事情がちがうこと…最悪テロや、災害などのアクシデントが起きたら、必ず母の指示に従うこと。欧米は日本やほかのアジア諸国と違って、基本大人社会。公共の場所でも子供だから…と大目に見てはもらえません。公共の場所でのマナーについても、たびたび話して聞かせました。
そして、いったん移動を始めると、いつ次にお手洗いに行けるかわかりません。母が今行きなさい…と言ったら、行きたくなくても必ずお手洗いに行くことを約束させました。
自分たちも母子旅チームの一員であると自覚させるために、自分の荷物は基本的に自分で運ぶ。持てる重さを考えて、持っていく絵本やおもちゃも自分たちで選ばせました。
そして現地では、万一の場合に備えて迷子札を作り、子供たちの首から下げさせました。札には、現在母親と旅行中であること、日本の連絡先と その日、その街で滞在しているホテルの連絡先を英語で記入していました。渡航先の治安によっては、この札はかえってトラブルの元にもなり得ますので、服の中に隠すように身に着けさせるのが、いいかも知れません。
4.周囲への根回し
英検2級取って、ニュージーランドへ行くぞ!!
プロジェクトの中で、この周囲への根回し部分がわたしにとって、1番ハードルが高かった気がします。
というのも、もともと わたしは周りの目を気にして、本当の自分を表に出せない タイプ。
懸命に働いている夫を置いて、1か月も子供たちを連れて外国に行くなんて、どうかしてる。ワガママにもほどがある…そんな声が聞こえてくるようでした。実際、地方都市で社宅暮らしをしていたわたしの周りには、そんな酔狂な主婦は一人もいませんでしたし。
まず渡航にあたって、小学校1年生になっていた長男を2週間、学校を休ませる相談を担任の先生に持ちかけました。冬休みをからめて行くとしても1か月の滞在のためには、いずれにせよ、いくらか学校を休む必要があります。それなら2学期が終わる2週間前から学校を休ませ、3学期が始まるとともに学校に戻れば、長男本人も周りのお友達も、たくさん休んでいた違和感が少ないだろうと考えました。
担任の先生は少し驚かれたようでしたが、了解して下さり、2学期の成績表は後日、渡して頂くことに。よい経験をたくさんして来てください…と言っていただきました。
そして最後の関門は、夫の両親にこの計画を どう打ち明けるか、でした。わたしは勝手にこんなことを企てる女は嫁として失格だと非難されるに決まっていると思い込んでいました。夫の父親は現代版サムライのような仕事一筋の人であり、夫の母親はこれまた良妻賢母を絵に描いたような女性でしたから。
「子供たちを連れてニュージーランドに行きます。お金も貯めました。ダンナさんは留守番です」
直接それだけのことを言うつもりで、夫の実家を訪問しましたが、怖くて怖くて、本気でお腹が痛くなりました。それでも夫に励まされてやっとのことで、二人に計画を告げると…
それは、とてもいいことだと思う。子供たちにとってもよい経験になるよ
あっけないほど、すんなりと認めてもらえたのです。信じられない気持ちでした。と、同時に自分の勝手な思い込みが、どれほど不確かなものか、そしてその不確かなものが、どれほど自分を簡単にコントロールしてしまうのか、思い知りました。
それまでずっと周りの目を気にして本当の自分を表に出せないタイプのわたしが、勇気を出して行動に移せたのは、終始 夫がわたしの計画を支持してくれたおかげです。
のちにニュージーから帰国後、姑がわたしに言いました。
あなた一人で1か月も子供たちを連れて、外国へ行くなんて大丈夫なのかと心配もしたけど、だれの人生でもない、自分の人生なんだから、やりたいと思ったことは、やらなきゃね。人生なんでもやったもん勝ちよ。今回、本当にあなたを見てそう思ったわ。
と。いろいろなことに感謝の気持ちを感じた、姑からの言葉でした。