たそがれにゃんこです。今から3年ほど前に香港ヘ一人旅をしたときに、感じたことなどお話します。
香港でみたアマたち

深夜に香港へ到着し、翌日の朝、さっそく香港名物のトラムに乗り込み、街歩きにでかけたわたしは 奇妙な風景を目にしました。大通りに面したビルの一階部分や歩道橋のたもと、あるいはメトロの駅周辺に、多くの人がたむろしています。ダンボールやレジャーシートを地面に敷き、その上に座り込み、何か食べたり持参したCDプレーヤーで音楽を流しておしゃべりを楽しむ人たち。
最初、遠目にその風景をみたときは、たくさんのホームレスの方がいるのかと思いました。けれど よく見ると、集まっているのは女性ばかりだし、身なりもこぎれいで、ホームレスとは全く違います。ある女性はスナックや果物を食べながらお化粧を直し、ある女性は友人と笑い転げながら、ダンボールの上で寝そべっています。それは、とてもそこが路上であるとは思えないほどのリラックスぶりで、思わず目が釘付けに。なんだか、わけがわからないけど、見るからに楽しげだし、路上ピクニックか、なにかのお祭りかしら?

その日の夜、ホテルの部屋に戻ってネットでいろいろ調べたわたしは、それがアジアのよその国々から香港へ出稼ぎにやってきたアマたちの休日の過ごし方であったことを知りました。
アマ・・中国語でいうところの阿媽 さんたち。個人宅に住み込んで、家事や育児を担うメイドさん。香港の共働き世帯の強い味方。
そう、その日はちょうど日曜日でした。多くの住み込み勤務のアマさんは、週末に雇い主から休日をもらいますが、雇い主もまた、週末は自宅で過ごすことが多いため、お互いのプライバシー確保をかねて、アマさんたちは路上ピクニックで休日を過ごすわけです。アマさんたちの多くは、フィリピンやインドネシアなどから出稼ぎに来ている女性たちで、母国に自分自身のお子さんを残して来られているケースも少なくありません。アマさんたちの平均給与は香港のそれと比べて低く抑えられており、また大部分のアマさんたちは、ふるさとの家族に仕送りをしているので、その生活ぶりはつつましやか。それでも休日には同郷の友達と母国語でおしゃべりを楽しみたい。住み込み労働のストレスも発散したい。しかも・・・
お金をかけずに。
その苦肉の策が路上ピクニックの光景だったのですね。
実際、香港の生活において、アマさんの貢献度は非常に大きく、共働き家庭の生活はアマさん抜きでは成り立たないと聞きます。日本ほど公的な保育制度が整っていない香港において、掃除洗濯などの家事はもちろん、子供の世話の大部分を任せておける存在がアマさんなのですから。いえ、本当に任せておけるかどうかは、人によりますね。
・英語が話せて。
・常識があり、誠実で。
・嘘をつかない。
そんなアマさんは、みんな喉から手が出るほどほしいので、しばしば争奪戦の的となるそうです。
特に日本人の共働き世帯が、香港でアマさんを雇って共働きを続けた場合、多くの日本人夫婦はそれまでの日本での共働きストレスから一気に解放され、生き返るとか。
乳児保育や学童保育に子供を預け、残業と闘いながら、ギリギリお迎え時間にすべりこむ。子供の体調次第では、保育園にあずけることもできず、急に仕事を休むことが続くと同僚にすまない気持ちでいっぱいになる。休日は溜まりあげた家事を消化することで手一杯で、子供にゆっくり本を読んでやる余裕すらない。
アマさんの存在によって、それらが一気に解消し、心に余裕を持って子供と向き合えるなら、親にとっても子供にとっても,いいことずくめでしょう。
実際には子供が自分よりもアマさんになついているとか、子供のしつけに関して、どこまでアマさんに任せるか悩ましいとか、あるいはそもそも家庭の中に国籍も文化も違う赤の他人が同居するというスタイルを、どこまで柔軟に受け入れられるか・・・など悩みどころも満載ですが。
また、アマさんの立場から見ると、その多くの方が母国に自分の子供を残して、香港で他人の子供の世話をしているという現実もあります。
赤柱(スタンレー)であったアマさん

お散歩中のフィリピン人アマさんと
しばし、おしゃべり。
香港滞在3日目に訪れたスタンレーでは、フィリピン人の若いアマさんと、海を眺めながらしばらく話しました。彼女が連れていたのは、3歳の愛らしい香港人の女の子で、普段は保育園に行っている時間だけど、その日は風邪気味なので、休ませたとのこと。そのアマさんは共働きで忙しい幼女の両親のアパートに住み込み、家事と育児の大部分を担っているとのこと。幼女とは広東語ではなく、英語で話していました。
わたしが驚いたのはそのアマさんの教養の高さでした。わたしは漠然とメイドとして出稼ぎにくる女性の教育水準は高くはないイメージを持っていたのですが、完全に私の認識不足でした。彼女とはしばらく会話をしただけですが、とても聡明な印象を受けましたし、母国で大学も卒業されていました。
つい最近、職場でこの時のことを同僚のフィリピン系アメリカ人の男性に話したところ、彼は言いました。フィリピンでは高等教育を受けて学校の教員になったとしても、海外でメイドをするほどは稼げない。生活のため、高等教育を受けた女性もメイドとして出稼ぎに出ていくと。
国力の違いとは、こういう事でしょうか。彼自身は、ルーツがあっても僕はもうフィリピンに戻ることはない・・とつぶやいたのも印象的でした。
母国に自分の子供を残し、外国で他人の子供の面倒をみるアマさんたち。もし選べるなら、自分の子供の面倒をみたいだろうに・・・それは、わたしの勝手な感傷にすぎないのかも知れません。一方でアマさんの雇い主の側も、アマさんに子供を預けてでも、共働きしなければ生活が立ち行かない家庭が多いのですから。世界トップレベルで物価の高い香港。高い生活費と家賃を払うために,夫婦共働きはあたりまえ。男女の賃金格差が少ないことも、共働きを後押しする要因になっています。もともと小さなエリアで資源もなく、人的資源こそが香港発展の原動力なのですから。
日本人がイメージする、メイドに子供の面倒と家事を任せている暮らし・・・からは、かけ離れた現実もそこにはあります。住宅事情の厳しい香港、狭いアパートでは住み込みのアマさんにメイド部屋を与える余裕がなく、子供部屋に二段ベッドを入れて、子供たちはそこで寝かせ、アマさんも同じ部屋の狭い床面にマットレスを敷いて寝起きしているといったケースも。そこまでして、子育てを外注しても働かなければ、生活が立ち行かない現実。
わたし自身は専業主婦生活が長く、その間、社会から孤立している不安で悶々と過ごした時期もありましたが、少なくとも子供たちとずっと一緒に濃厚な時間を過ごせたことは、なんて幸せなことだったのか、といま思います。
けれどもそれは、すべての女性にとって、あくまで自分の選択の結果であってほしい。女性が本当は仕事をつづけたいのに、
子育てを外注するなんて親として失格
というような風潮が邪魔をしませんように。
と。同時に香港で子供をアマさんにあずけて働く主婦も、母国に子供を残して出稼ぎにきているアマさんも、どう働くか、どう子育てするか、自分で選べる社会になってほしい。心からそう思います。