飼い猫の失明
老齢のため、最近失明してしまいました…当ブログのタイトルにもなっております、わが家のたそがれ時なお年頃のにゃんこ、Pちゃんをご紹介します。

Pちゃんの正確な年齢は、不明。推定19歳のおばあさんねこです。人間の年齢に換算すると90歳は越えているかな。最初にPちゃんが見えていないことに気付いたのは、夫でした。
- 昼間で明るいのに、目が黒目がちでかわいい
- 注意してみると、壁際ばかり歩いている
- 高いところへ上がったり下りたり…が減る
- たまに角に頭をぶつけている
- 意味もなく、鳴く
- トイレを失敗する
もともと加齢のため、活動量自体減っていたし、夫もわたしも日中は仕事で家を空けているので、いつから見えていなかったのかは、わかりません。
すぐにお医者へ連れて行きましたが、おそらく高齢で腎機能の衰えに伴う高血圧のため視力が低下したとのこと。その後投薬を続けましたが視力が回復することは、ありませんでした。
それでもPちゃんの日常はなんら変わることなく、続いています。あえて言えば仕事に出かける夫をお見送りしなくなりました。今はわたしひとりで、お見送り。
Pちゃんとの出会い
Pちゃんがわが家にやってきたのは、今から18年前。迷い猫でした。まだ肌寒い春先の週末、お庭で家族4人でバーベキューの夕食を楽しんでいたとき、その匂いにつられてやってきた猫です。子猫と成猫の中間くらいに育っていました。お腹がすいている様子。でも真新しい首輪をしています。とてもきれいな猫だし、きっと、ご近所の飼い猫がうっかり外へでてしまったのね…と軽い気持ちで、炭焼きの肉や魚を与えました。お腹がいっぱいになれば、おうちに帰るだろうと高をくくっていたのです。
ところがその迷い猫は、一向に帰る気配がありません。次の日も、2日経ってもわが家の庭にいます。当時、わが家は夫とわたし、小学5年の長男と小学3年の長女の4人暮らし。購入して1年しか経っていない新築の家に住んでいました。
猫を飼えば、新築の家はたちまち爪とぎで、壁も床も傷んでしまうでしょう。猫を飼う決心はつきませんでした。”第一、あなたきれいな首輪しているじゃないの。一体どこの子なの?”
注意をして近所のスーパーや集会所の掲示版を見て歩きました。迷い猫を探しています…の貼り紙がないかと。その間、頑として家の中にその迷い猫を入れなかったのですが、迷い猫は迷い猫で寒さと空腹に耐えながら、我が家の庭で頑張っています。
一歩でも戸外に出ると、その迷い猫はとんできて、すり寄り甘えてきます。振り払って車に乗り、外出する…帰宅して迷い猫の姿がみえないと、どこかへ去ってくれたとホッとしました。ところが帰宅後しばらくすると迷い猫はどこからか現れ、リビングルーム前のウッドデッキで盛大に鳴きはじめます。とにかく彼女の意思が固かったのです。
ここのうちの子になる
…と。彼女は家の外からでも、気配でわたしが家のどこにいるのか、わかるようでキッチンでお皿を洗っているとキッチンの窓、トイレに入るとトイレの小窓の網戸にとびついて、中に入れてくれと鳴き続けました。
そうして2週間が過ぎる頃…迷い猫は痩せて毛並みもだんだんとみすぼらしくなってきて…ついにわたしたちは猫との根くらべに降参しました。子供たちはもとより、「うちで飼おうよ」と言ってたので、おもにわたしたち夫婦に2週間が必要だったわけです。猫を飼う決心をするのに。
その日から今日まで18年。Pちゃんは、かけがえのない、わが家の主要メンバーとなりました。
今でも思います。Pちゃんの方でわが家を選んだんだと。そして、わが家に来てくれた事を本当にありがたく思っています。子供たちが思春期を迎え、反抗期や受験のストレスでピリピリしていたころ、Pちゃんのおかげで、どれほど救われたか知れません。家族皆が日常に追われて忙しくしているとき、家の中で唯一、ただ今だけを生きているPちゃんを見るとホッとして、家族全員が癒されました。
今だけを生きていて、決して自分を否定しない。以前のように駆け回れなくても、ジャンプに失敗しても、見えなくなっても、淡々と受け入れて順応している。Pちゃんを見ていて、教えられることが多々あります。
18年前、Pちゃんをわが家に迎え入れる時、わたしは彼女に聞きました。
「うちの子になったら、お腹は満たされるし、寒い思いもしなくて済むけど、自由はなくなってしまうのよ。サザエさんちのタマみたいに放し飼いにはできないの。それでもいいの?うちの子になる?」…と。
それでも、うちの子になることを選んでくれたPちゃん。この18年を共に過ごし、今では失明し、この先はきっと衰えていく一方でしょう。限りある彼女との時間をなるだけ長く、穏やかに過ごしたいと思っています。